すいーと・すいーと
黎が管理・運営しているきまぐれブログです。 初めてお越しの方は、カテゴリー「about」内の「はじめに」という記事をご覧ください。 女性向け要素、同人要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
結構前に書いたものが多いので、
なんだか自分では懐かしいです(笑)
本日アップするのは、官兵衛の話です。
時期としては、豊臣軍がまだまだ小さくて、
そこに官兵衛がどうして軍師として加わったのか、という、
官兵衛と豊臣、半兵衛の、邂逅話になっています。
史実ネタをたくさん入れたものの、
そのままでは戦BAの世界や設定に合わないので、
かなり捻じ曲げまくって書いてあります。その点、ご了承ください。
それにも拘らず史実ネタを使ったのは、
どうしても使いたいエピソードがあったからでございまして。
やーでも説明部分がかなり長いので、読みづらいやも知れません(汗)
人の名前もかなりいっぱい出てきますし(大汗)
この話では、半兵衛と官兵衛は初対面なので、
それぞれ「官兵衛君」「竹中殿」と呼び合っています。
後からはお互い呼び捨てになりますけども。
そして、ぶっ飛び担当の官兵衛ですが、
さすがにまだ大人しいというか、とても実直でしっかりした男です(笑)
いや、本当は、官兵衛視点で話を書けば、
基本的には真面目くさった感じになるんですよ。
ただ傍から見てると、やっぱりぶっ飛んでいるという(苦笑)
この話の官兵衛は…加えて、なんだか青いですね(笑)
そういえば、史実どおり、官兵衛がキリシタンになっています。
だからといってどうということはないですが…
それっぽい描写は少しだけ出してます。
本当はキリシタンの勉強をしたい…
それでは、お読みくださる方、どうぞ続きにお進みくださいませ!
「邂逅」
「官兵衛殿」
不意に小さな声が聞こえ、官兵衛は首を傾けた。牢の外でこちらを見ていたのは、みすぼらしい恰好をした、しかし顔なじみの武士のひとりであった。
「如何なされた。ここは敵地、気付かれれば殺されよう」
「もとより承知の上。喜ばれよ、貴殿を助ける手立てが整った」
「……左様か」
手短に告げられた吉報に、しかし官兵衛はどこか沈んだ声で応じる。滅多に感情を表に出すことのない官兵衛のその声音に、わざわざ敵地にまで入り込んできてくれた仲間は、小さな声で問うた。
「離反の誘いでも受けられたか」
「下らぬことを申されるな。俺は裏切りは好まぬ」
「ならば喜ばれよ。ようやく、1年間もの投獄生活が終わるというのに」
「喜ぶ気力など、とうに失せた……」
官兵衛の力ない言葉に、ようやく相手はうなずき、言葉少なに立ち去った。再びひとりになった官兵衛は、狭い牢の中から外を見る。美しい藤の花が咲いていた。だが、それさえも、官兵衛の心を慰めることはない。
(……松寿)
幼い息子のことを思い、官兵衛は再び頭を垂れた。
黒田官兵衛は、この日ノ本を手中に収めようとする魔王・織田信長の家臣団のひとりである。もっとも、彼自身が直接信長に仕えているわけではない。官兵衛が以前から仕えていた小寺政職が、織田信長に従うことを決めたのだ。政職は官兵衛にとって、父の代からの主であり、官兵衛自身も彼を慕っていた。だから、政職が信長のために軍を動かすとなれば、いつでも知略を絞り働いてきたのだった。そのうちに官兵衛自身の能力の高さが知られるようになり、気付けば官兵衛は政職のもとを離れ、信長直参の武士のもとで働くようになっていた。
突然事件が起こったのは、暫く前のことである。織田信長の家臣のひとりであった荒木村重が信長に反旗を翻し、あろうことか政職が謀反に与してしまったのである。
仰天した官兵衛はすぐさま故郷へとってかえし、考えを改めてくれるよう政職を説得した。いずれ必ず信長の天下になると思っていたし、敵対した者に対する信長の残虐さを、官兵衛は嫌というほど知っていたからだ。説得の甲斐あって政職は、荒木村重が再び織田家に従うのであれば自分もそれに倣う、と言ってくれた。安堵した官兵衛は、政職からの書状を持ち、村重の説得へと向かったのである。だがそれは、政職が仕掛けた罠だった。政職の目論み通り荒木村重のもとに向かった官兵衛は、政職からの密使で官兵衛を殺すよう頼まれて彼を待ち構えていた村重の部下により、捕らえられてしまったのだ。こうして彼は1年間もの長きに渡り、牢に閉じ込められている。
官兵衛は、まだ幼いひとり息子を、信長の家臣のもとに人質として差し出していた。元を辿れば、小寺政職が人質を出さなければならないところ、政職がそれを拒んだがために、政職の忠臣であった官兵衛が代わりにと言って、我が子を差し出したのである。こうして官兵衛は、敬愛してきた政職の裏切りにより、己と我が子を危機に晒すことになってしまったのだった。
長い投獄生活を送る間、官兵衛は暗く狭い牢にひとり閉じ込められ、味方に会うことは殆どなく、外の世界を詳細に聞くこともままならなかった。ただ時折、ひっそりと忍び込んでくる仲間から息子の無事を聞けたことが、何よりの心の支えとなっていた。
だが今、息子の命の保障はない。ひと月ほど前であろうか、息子が人質として囚われている城が襲われ、壊滅したという話を聞かされたのである。
その話を持ってきたのは、官兵衛の味方ではなかった。いやに真実味を帯びた話に、官兵衛は愕然とし、暫くの間立ち上がることもままならなかった。遺体が見つかったわけではない。だが、生きているとは思えなかった。もしも息子が生きているならば、とうに味方が知らせてくれている筈ではないか。
だからこそ、無下に喜ぶことができなかった。思えば息子は、いいように使われていると知りながら、政職に仕え続けた自分のために犠牲になったのだ。裏切りは好まない。だが、今助け出されたところで、もはや以前と同じように政職に仕えようとはこれっぽっちも思えない。
(我が神、デウスよ……。この日ノ本は一体いつまで、弱者の犠牲を欲するのか……)
魔王と呼ばれる信長に従ったのも、乱世の集結を待ち望めばこそだ。だがこの国は、いつまでも戦いを繰り返し、無為な血を流し続けている。我が神、と官兵衛は祈った。俺の進む道は、いまだこの世にあるのか。俺の進むべき道は、一体どこにある。
* * *
官兵衛が助け出されたのは、話を聞かされたわずか2日後のことであった。
荒木村重の領内は戦場となった。後から聞いた話によると、以前から着々と兵糧攻めが行われていたらしい。混乱した戦火の中、すっかり精根尽き果てていた官兵衛は、仲間の手で牢から助け出され、なんとか脱出することができたのだった。そのときは重いまぶたを持ち上げることすら叶わなかった官兵衛は、誰か知らない者の声が、面影がある、と呟いたのを覚えていた。
助け出されてから更に数日後、ようやく意識がはっきりしてきた官兵衛は、早速見知らぬ人々と引き合わされることになった。なんでも、官兵衛を助け出すために、あらゆる手を尽くしてくれた人々だという。無論、礼を言いたい気持ちはあったが、官兵衛に会うことを希望したのは、他ならぬ相手のほうだという。てっきり村重を討つついでに助け出されたのかと思っていたが、もしかしたら官兵衛を助け出すことを目的とした襲撃だったのかもしれない。
俺に一体、なんの用だ。正直、その気持ちを抑えきることができない。政職にいいように使われていたのだという思いが、官兵衛からあらゆる気力を奪っていたのだ。いまだよろめきながら、官兵衛は相手が待っているという部屋へとたどり着く。付き添いの者が官兵衛が来た旨を告げると、彼はすぐに部屋に通された。
直後、官兵衛は硬直した。
部屋の中で待っていたのは、とてもこの世のものとは思い難いほどの巨体を誇る男であった。巨大なのは体躯だけではない。男の全身からは、とてつもない覇気が溢れている。
「官兵衛殿。この方は豊臣秀吉殿とおっしゃる。貴殿を助けるため尽力を惜しまず働いてくださったのは、この方ぞ」
小さな声で耳打ちされた言葉を理解するのが精一杯だった。どくん、どくんと、心臓が強く波打っている。目の前の男の巨大さに、ただただ圧倒されてしまっていた。とても耐えられず、官兵衛は頭を上げることができない。
「思ったよりは元気そうだね」
不意に、穏やかな声がそう告げた。僅かに視線を上げると、いつの間にか秀吉の傍らに、細身の若い男が立っているのが見えた。恐らく先ほどまでは、秀吉の存在感のために気付くことができなかったのだろう。その男を見て、官兵衛は更に驚愕する。彼が誰なのか、すぐに察しがついたからだ。
(なに…? まさか、竹中半兵衛……!?)
あまりにも目立つ白銀の髪に、顔につけた仮面。彼のことは、以前から噂で聞いている。難攻不落といわれ、あの織田信長がついに落とすことのできなかった美濃の稲葉山城を、わずか16人の部下と共にたった1日で乗っ取った、天才軍師・竹中半兵衛に違いなかった。
(竹中半兵衛は、この豊臣という男に仕えていたのか…!)
官兵衛が覚えているところによれば、美濃の地を欲する信長が、稲葉山城を寄越し自分に仕えるようにと言った際、稲葉山城を占拠したのは私利私欲のためではないから、とあっさり断って、そのまま稲葉山城で戦国の世を静観していたはずだった。だからてっきり、己の知略を行使する相手として信長を拒んだのだと、この日ノ本を手中に収める器である信長にさえ仕える気がないのだと、そう思っていた。だが、今目の前にいる男はどうだ。秀吉の傍ら、彼の家臣のような振る舞いをしているではないか。豊臣秀吉という男はそれほどの器なのかと、官兵衛はますます身を硬くする。
「長らく仕えてきた主に裏切られたのだと聞いている。気の毒だったね」
穏やかで優しい響きの声に、なんとなく聞き覚えがある、と思った官兵衛は、どこで聞いた声か思い出せないまま、目の前の天才軍師の言葉に聞き入っていた。稲葉山城乗っ取り事件の噂を聞いてからというもの、同じ軍師として憧れていた男は、絶えず本心を悟らせないような微笑みを浮かべている。
「お心遣い、まこと痛み入る。助け出して頂いた件についても、心より御礼申し上げる」
ようやく助けてもらった礼を言ったが、半兵衛も秀吉も、これといった反応は示さなかった。その代わり、秀吉自ら官兵衛に面を上げるように言うと、落ち着いているが覇気を感じさせる声でこう語りかけてくる。
「黒田よ、我のために働く気はないか」
唐突だったが、充分に予測できた言葉だった。
「今のまま魔王の蹂躙が続けば、この日ノ本はいずれ灰塵と化す。しかし、たとえ魔王を討ったところで、次は南蛮の脅威が襲い掛かってこよう。そうなる前に、この国は生まれ変わらねばならぬ。そうは思わぬか、黒田官兵衛」
官兵衛が魔王・信長のもとで働いてきたことなど、百も承知だろう。落ち着いていて、覇気があり、有無を言わさぬ強い声。秀吉の放つ気迫は信長のものとはまた異なり、畏怖の念をもよおさせるものだった。覇者の気迫だと、官兵衛は直感した。思わず、頭を下げずにはいられないほどの、凄まじい気迫。
「僕たちは、君を買っているんだ」
気迫を抑えきれずに漂わせている秀吉の傍らで、それをものともしていない半兵衛が、穏やかな声で告げてきた。
「君がたてた策は、多少荒削りではあったけれど目を見張るものがあったんだ。僕たちは今、少しでも多くの有能な人材を求めている。君のように、未来を感じさせる人材をね」
「……貴殿らは、それがしのことを買い被っておられる」
秀吉の気迫に圧倒され、官兵衛は訥々と答えていた。
「それがしは、今、豊臣殿を目の前に、震えているような小物に過ぎませぬ」
正直な気持ちを口にする。表面上は落ち着いていても、官兵衛の胸の内はいまだ秀吉の気迫に圧倒されていた。目の前に立つ男は器が違う。否、生きている次元が違うとすら思えてくる。官兵衛にとって、秀吉という男はあまりにも巨大すぎた。秀吉の隣に平然と立つ半兵衛の器の大きさすら、おのずと知れてくるというものだ。
ところが、それを聞いた秀吉がふっと笑ったのが聞こえ、官兵衛は面を上げた。嘲笑ではなかったということは、秀吉の表情を見てすぐにわかる。そして秀吉は、傍らに立つ半兵衛に後を任せると言うと、官兵衛に「期待しておるぞ」と言い残し、席を立ってしまった。
「官兵衛君。よかったら、ふたりで話をしないか」
相変わらず微笑みを浮かべたままの半兵衛が語りかけてくる。秀吉が去った後に感じられた半兵衛自身が持つ雰囲気もまた、ある種独特のものであった。
「同じ軍師同士、面白い話ができると思うよ」
「…………」
半兵衛が何を話したいかなど、考えるまでもない。そして官兵衛は、一度答えを出したつもりでいた。
それでも、この天才と呼ばれる男の話を聞いてみたいと、彼と話をしてみたいと、そう思った。
官兵衛はうなずくと、許しを得てから立ち上がる。ややおぼつかない足取りながら、官兵衛は半兵衛とふたりになるべく、奥庭の方へと足を向けた。
「秀吉に向かってあんなことを言った男は、君が初めてだよ」
世間話のような調子で半兵衛が言った。
「たとえ思っていたとしても、わざわざ口にする者はそうそういない」
「……失礼仕った、竹中殿」
「ああ、かしこまらなくていいよ」
あっさりと言ってのけると、半兵衛はついと目線を上げ、辺りの風景を見渡した。戦火に晒されずに済んだその土地は、豊かな緑が茂っている。
「いいところだね。君はここで育ったのかい?」
「左様」
官兵衛が小さく肯定すると、半兵衛もまたうなずいた。そして短く付け加える。
「魔王殿に荒らされなくてよかったね、官兵衛君」
「…………」
すぐに答えることはできなかった。秀吉と半兵衛が魔王・信長を敵視していることは、先程のやり取りからも明らかだった。
「お伺いしたいことがある」
答えぬまま官兵衛が言うと、半兵衛が微笑を浮かべながら応じた。
「何かな」
「貴殿らが何を求めて戦っておられるのか、お聞かせ願いたい」
秀吉の言い分はわかった。魔王・信長を討ち果たし、天下を取ろうというのだろう。そして日ノ本を、強い国に生まれ変わらせる。南蛮の脅威から、己の国を守れるほどに。それが秀吉の目的だ。だがその目的には、あまりにも私利私欲がなさ過ぎる。少なくとも官兵衛には、そのように感じられた。
「僕達の求めるもの、か」
相変わらず本心を悟らせぬ微笑みを浮かべたまま、半兵衛が答える。
「厳密に言うとね、僕が求めている夢と秀吉が求めている夢は、少し違うんだ。秀吉の夢は、この日ノ本を強い国に生まれ変わらせること。僕の夢は、秀吉の夢を叶えるために、強い軍を作り上げることなんだよ」
「強い軍」
「そう。まず天下を取り、日ノ本をひとつにまとめなければ、強い国に生まれ変わらせることなどできはしない。僕が作る軍は、この日ノ本をひとつにまとめるためのものだ」
半兵衛の瞳の色が変わったことに、官兵衛は気付いていた。相手をかわすかのような色ではなく、真摯な色。半兵衛の言葉は真実だと、官兵衛の直感が告げた。
「では、豊臣殿は、日ノ本を強い国に生まれ変わらせたその先に、何を求めておられるのだ」
「ふふっ、そんなに人が信じられないかい?」
どこか悪戯っぽく微笑みながら半兵衛が答える。官兵衛は真剣だった。誰もが己の力を誇示しようと戦いに明け暮れる乱世。そして誰しも、目的のためならば、周りの者をいいように使うことすら躊躇わない。その中にありながら、秀吉の夢ときたら、まるで絵空事のようなきれいごとではないか。天下を取るための理由付けにしてはあまりにもお粗末で、現実味がまるでない。
だが、半兵衛は、すっと瞳から一切の感情を消し去って、断言した。
「秀吉は何も求めてはいないよ」
どことなく、冷たい、声。
その声色だけで、目の前の男の覚悟の程が、感じられたほどだった。
「秀吉はただこの国を憂い、この国を生まれ変わらせるために、自分の全てを犠牲にするつもりだ」
一陣の風が吹き、激しく樹々を揺らす。慌てて飛び去った鳥の羽音が、頭上に複数響いていた。
ふっと半兵衛が微笑み、それまでの張り詰めた空気が一変する。もっとも、と言った声も、穏やかなものに戻っていた。
「周りにまでそれを強制してはいないけどね。現に、秀吉は家族を持つことすら放棄したけれど、今誰よりも秀吉の近くにいる僕は家庭を持っているんだから」
「……何も、求めてはいない?」
ようやく問いかけを許され、官兵衛はかみ締めるかのように呟いた。
「どんなきれいごとかと思ったろう?」
思わずうなずきそうになりながら、官兵衛は半兵衛の言葉に耳を傾ける。
「まるで、大きな子どものようだよね。力があるからといって、この巨大な日ノ本を掴み取り、生まれ変わらせるというんだよ。自分のことなどどうでもいいだなんて、お伽話の主人公のようだと思わないかい?」
「思う」
素直に答えた官兵衛に対し、半兵衛が苦笑した。そして、表情こそ変えなかったが真剣な声で、穏やかに続きの言葉を紡ぐ。
「でも、秀吉は、そんなお伽話を僕に信じさせてくれた」
官兵衛は、何も言うことができなかった。覚悟に満ちた半兵衛の声。半兵衛もまた、何も求めてはいないのだ。信じた主のために、己の全てを捧げる覚悟をしている。既に日ノ本を掌握できるだけの力を持つ魔王ではなく、今はまだ力弱き、未知の可能性を秘めた男に。
「一緒に秀吉のために働かないか、官兵衛君」
まだ官兵衛は答えない。あまりにも遠い世界の話をされている。だがその世界は、今自分の目の前に迫っている。
豊臣秀吉という巨大すぎる男よりも、今目の前にいる、この男に惹かれた。
「貴殿という天才軍師がいながら、俺に何ができる」
「言っただろう、僕は君を買っているんだ。僕を助けて欲しい」
半兵衛は、案外さらりと言ってみせた。
「秀吉の軍は、これから更に大きくなっていく。残念ながら、僕の体はひとつしかないからね。僕を助けてくれる優秀な軍師が欲しかったんだ」
「俺にできるのか」
「人を見る目には自信があるよ」
微塵の迷いもない声だった。
官兵衛はその場に膝をつく。そして目を瞬いた半兵衛に向かって、静かに頭を下げた。
「俺のような小物で良いならば、存分に」
それが、官兵衛の決意だった。
ややあって、半兵衛がそばに膝をついた。彼自身は腰を浮かせたまま顔を上げるように言って、あの微笑みを浮かべながら告げる。
「嬉しいよ。秀吉も喜ぶ」
穏やかな声には安堵の色すら浮かばない。本心を探らせないのも彼が天才たるゆえんか、と感じつつ、官兵衛は立ち上がる半兵衛を見上げていた。
その直後、思いがけない言葉が、半兵衛の口から転がり出た。
「お松はきっと君に似たんだね。実直な辺り、本当にそっくりだ」
官兵衛の頭の中が、まっしろになった。
「……今、なんと?」
我知らず問い返す官兵衛に、半兵衛は先程と同じ調子で微笑みかける。そして当たり前のように言葉を続けた。
「君の息子の松寿丸だよ。人質生活が長かったからあんなに謙虚で真面目な子になったのかと思っていたけれど、それだけでもなさそうだね」
「松寿を知っているのか」
唇が勝手に言葉を紡ぐ。何を言っているのか、よくわからない。一方、官兵衛の様子を見ていた半兵衛も、意外そうな顔をして官兵衛を見返してくる。
「まさか、まだ会っていないのかい?」
「な……!?」
「僕たちと一緒に来ているんだよ。てっきりもう再会したものと思っていたけれど……、そういえば君は、ようやく意識がしっかりしてきたばかりだった?」
「松寿がいるのか!!」
我を忘れて大声を上げ、官兵衛は立ち上がった。喜びよりも驚きが大きい。息子はもう死んでしまったものと、既にそう思い込んでしまっていたのである。今さっきまで膝をついていた相手だということも忘れ、官兵衛は思わず半兵衛に詰め寄っていた。
「生きていたのか、なぜ貴殿らが松寿を…!? あの子が、まさか生きて戻ってくるとは…!」
「落ち着きたまえ、官兵衛君。説明するよ」
半兵衛に諭され、官兵衛は半兵衛を掴んでいた手をいくらか緩める。頬を高潮させたまま、官兵衛は半兵衛の話に聞き入った。
「今からひと月ほど前だったかな。僕たちが魔王殿の家臣の城をひとつ落とした時の話だ。そこにたまたま君の息子がいたんだよ。人質まで巻き込んで殺したのでは魔王殿と何も変わらないから、一旦保護することにしたんだ。後から話を聞いたら、黒田官兵衛の息子だというじゃないか。君のことは前から噂で聞いていたし、囚われの身になっているとまで聞かされてね。君を助け出すまでの間、荒木を刺激したくなかったから、内密に僕の実家で匿っていたんだよ」
もしかしたら本当は、官兵衛に恩を売るために松寿丸を助けたのかもしれない。それでも、息子の命の恩人という点では変わらなかった。
「俺は、あの子はもう、生きては戻らぬものだと……」
ようやく喜びに胸を震わせ、官兵衛は改めて半兵衛に頭を垂れる。半兵衛は官兵衛に顔を上げるように言うと、意外な顔をして官兵衛を見ていた。
「驚かせてしまったね。でも、気持ちはよくわかる」
そう言った半兵衛は微笑んでいたが、先程までのそれとは異なった。心からの微笑みであるように思えたのである。
先程までは何もかもを犠牲にする覚悟をしていた天才が、いきなりただの男の顔になったのを見た官兵衛は、豊臣秀吉が求めている夢の先を垣間見た気がした。半兵衛は先ほど、自分は家庭を持っていると口にしていたではないか。
自らは全てを放棄し、日ノ本を強い国に生まれ変わらせること自体を目的としている、この天才の主。もしもその夢が成ったなら、この国はどんな国になるだろう。きっと、無駄な血を流さずに済む術を、あらゆる人が知るようになるのではないか。力ある者は、己の何かを犠牲にしてでも、弱者を守り、鼓舞して、共に戦う。きっと、秀吉や半兵衛のしていることは、そんなことなのではないか。
(……今度こそ、信じることができるだろうか)
己の胸に問いかけながら、官兵衛は半兵衛に問うてみた。
「竹中殿にもご子息がおいでか」
「ああ。まだ小さいひとり息子が」
半兵衛はどこか幸せそうな微笑みを浮かべている。わが子が可愛くて仕方がない、といった顔だ。天才といえど人の子、と官兵衛は内心微笑した。同じ人の子ならば、足掻いて近付くことも不可能ではあるまい。
官兵衛は改めて頭を垂れると、静かに、しかし力強い声で言った。
「この黒田官兵衛孝高、貴殿と共に、身命を賭して豊臣秀吉殿にお仕えする所存。竹中殿、なにとぞご鞭撻のほど、お願いしたく存ずる」
固く決意を固め、深く頭を垂れる。揺るぎない決意が、官兵衛の胸の中にあった。
「ああ。こちらこそ、宜しく」
穏やかな声。半兵衛が官兵衛に立ち上がるよう促し、官兵衛はそれに従う。秀吉のもとに戻るという半兵衛の後ろについていきながら、いつかこの男の隣に立とうと、官兵衛はひとり静かに誓った。
後に官兵衛は、豊臣秀吉のために尽力した軍師として、竹中半兵衛と共に「二兵衛」と称されることになる。その呼び名に違わず、彼は半兵衛が若くして病没した後も、秀吉のためその知略を振るうことになるが、それまでにはまだいくばくかの時間を要するのであった。
幕
戦BAの半兵衛と、FF7のザックラにぞっこんフィーバー中。
09/02/19 ブログ始動